バッティングセンターの最高の思い出

私 が小学生の頃、野球が大好きなことを知っていた親が、バッティングセンターに連れて行ってくれましたが、悲しい思い出になってしまいました。


ウキウキしながら、私は球速70キロのコースに入り、中にあった金属バットを持ちバッティングを開始しても、全て振り遅れてしまい、ほとんど当たりませんでした。


私でも打てる球速70キロだったのに、金属バットが重く、思うように振れませんでした。


何回か金属バットを振っているうちに、腕が疲れてきてしまった私は、目の前に発射されるボールを見ているだけの時間になってしまいました。


ボールが全部発射されたあと、思うように金属バットを振れない私を見てイライラしていた親に怒られてしまいました。


あまりにもショックだった私は、親に言われたことを黙って聞いていました。


親に怒られた日以降、「もう連れて行ってもらえない」と思っていたバッティングセンターに、1回だけ連れて行ってもらいました。


前回と同じように、球速70キロのコースに入り、金属バットを持っても、重くて思うように振れませんでした。

前回と異なり、それでも私は諦めず、1球でもバットに当てようとしているうちにフォアボールになったり、ゴロになったりしながら、バットに当たるようになりました。


バットに当てることを諦めなかった日のバッティングセンターでのできごとは、最高の思い出になりました。


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